Story of My Life with Education

小学校教員を目指す大学4年生 主に教育について考えたことを書きます

スポーツ・部活の未来

 これからの社会におけるスポーツ・部活の未来はどうなるのでしょうか。今オリンピックが日本・世界中を熱狂させています。この熱狂はこれからの脱工業化社会でもずっと続いていくものなのでしょうか。

 若い人はテレビを観なくなっています。YouTubeなどで自分が見たい時間に好きな番組を観ています。金曜ロードショーでCMをはさみながら映画を観なくても、アマゾンプライムやネットフリックスで映画を好きな時に好きな場所で観ることが出来るようになりました。

 翻ってスポーツ・部活の現在はどうでしょうか。決まった時間に決まったスポーツを決まった場所でしています。そしてほとんどすべてのスポーツ・部活で「勝つ」ことを目的として行われています。勝つためには多くの時間をその練習に費やさなければなりません。強制的に時間を決めて練習を行っています。

 私たちが小学生の時、どのようにスポーツを行っていたでしょうか。放課後友達と今日は何をするか決めて遊んでいました。サッカーをしたり缶蹴りをしたり鬼ごっこをしたり野球をしたりゲームをしたりしていました。自分が好きなことをその時その時で友達と話し合ってしていました。勝つことをその遊びの中で意識することはありますが勝ったから負けたからといって何かあるわけではありません。その一瞬一瞬を楽しんでいただけです。

 人と人とが繋がれば学校を出た後もこのようなスポーツを楽しむ文化を作れると思います。スポーツ・部活の未来は自分たちが経験してきた中にあるのかもしれません。いつからスポーツは勝たなきゃいけない、もっと練習しなければいけないとなってしまったのでしょうか。もう一度考え直さなければなりません。

大切なこと

 私は部活で部長を務めていますが一つ大切にしていることがあります。それは、部活内に上下関係を絶対に作らないことです。そもそも人間に上か下かなんてありません。

 組織に上下関係が出来てしまう原因は、年齢、上手い下手、肩書、容姿などが挙げられます。

 日本の部活において年齢で上下関係が厳しいことはよくあります。自分もその上下関係の中で生きてきました。でも、私はたった1年や2年生まれた時期が早いだけで上か下が決まるのは不自然すぎると思っています。小学校6年生の時は偉そうにしてるけど中学に行ったらいきなりカーストの一番下になる。中学3年生で偉そうにしてたら高校に入った途端また一番下になる。大学でも社会に出ても同じです。何回も同じことをしたりされたりして苦しいはずなのに一番上の時は気持ちがいいからしてしまうのかもしれません。

 上手い下手、できるできないで組織内のカーストを暗に決めてしまっていることも現実として多くの部活にあると思います。私たちの部活は大学から始める人が多く、1年生はその競技に関して分からないことだらけで最初からできないに決まっています。その1年生に雑用だけやらせたり下手くそ呼ばわりしていたら部活を簡単にやめてしまいます。そんな部活にいたいと思う人はどんどん減っていくでしょう。

 今自分が部長を務めている部活では上下関係を作らないという雰囲気を集団として作れていると思います。4年生の意見だけに従うことはなく、1年生も4年生も同じ練習を一緒にやって高め合っています。私は一応部長ですが自分でも部長だと思えないぐらい後輩にちょっかい出されたり笑われたりします。そのぐらいがちょうどいいです。

 部員一人一人を変えることは出来ないですが、集団を健全にしていくことは出来ます。それを身を持って体感しています。

Allbirdsの靴を買いました!

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 最近欲しかったAllbirdsの靴を購入しました。Allbirdsの靴にはストーリーがあり、サステイナビリティを考え抜かれて作られています。そしてシンプルなデザイン。ロゴがかかとのところに少し入っているだけでブランドを強調しすぎないシンプルすぎるデザインです。また、自然の素材を使ってできており、ソールのクッション性が最高です。また洗濯機で洗うこともできるんです。使い続けることを目的として作られています。

 自分が買った靴は12,500円という大学生でも買える値段です。気になった方はサイトをのぞいてみてください。

allbirds.jp

矛盾

 教科担任制が小学校でも特定の教科で行われていくことに関して、これからの教育・授業と矛盾しているような気がしています。 

 教科担任制にする理由の一つに教科指導の専門性があります。その教科の専門性が高い方が教えることが上手であるという根拠にのっとっていると思われるのですが、その根拠はないと思います。また今の時代ネット教材が多くあり、学校の教師よりも高い専門性を持っている人がネットの世界にあふれています。

 いつまでも既存の枠組みで、教師が勉強を教えなくてはならないと考えていれば改革を起こしたとしても、子どもたちの本当の成長・学びに繋がらないのではと思います。

世界がネットで繋がるとき

 先日、「竜とそばかすの姫」を観に行ってきました。細田守監督の作品はとても好きです。細田守監督作品に必ず出てくる入道雲は今の季節にぴったりで、自分の身近に起こっていることのように感じさせてくれます。

 「竜とそばかすの姫」では、”U”という仮想空間、バーチャル空間が人々の中心にあります。50億人がそのバーチャル空間で繋がっています。

 「竜とそばかすの姫」を観たら「サマーウォーズ」も観たくなってしまい、アマゾンプライムで観てしまいました。「サマーウォーズ」では”OZ”という仮想空間が人々の中心にあります。「サマーウォーズ」ではまだガラケーが主流なので今との時代のギャップを感じるところもありますが、OZの仮想空間では国の行政の管理や車のナビシステムなどのありとあらゆるインターネット情報が制御されています。それは”U”でもほとんど同じです。このようなバーチャル世界は、まだ世界にはできていないと思うのですが、いつかできると思うとワクワクします。

 一つのプラットフォームで世界中が繋がれば、政治、行政、スポーツ、ショッピングなどが変わっていくと感じます。どのように変わっていくかはうまく言えませんが。一極集中がなくなっていき、価値の創造がネットの世界で起きていくような気がします。

 映画は面白く気分爽快にさせてくれると同時にいつも新しい発見をくれますね。

今日の部活

 今日の部活はこんな感じでした。

 授業が終わって日が暮れそうな夕方に集まりアイスホッケーの基礎練をする。シュートを打ってる人もいるしハンドリングを練習をしている人もいればパス連をしている人もいる。各々自分がやりたいことをやり、上手くいかなければ人に聞く。こいつ本当はこれやりたいけどやれてないなってのはなんとなく分かってる。誘って一緒にやってみる。

 そしてみんなでグラウンドに集まって俊敏性を鍛えるトレーニングをする。仲間が考えたメニューをみんなで取り組む。

 そして最後にサッカー。

 僕たちのチームは驚くほどネガティブな言葉が少ない。サッカーで大事なとこ外しても全く責めない。はたから見たらやる気のないチームだと思われるかもしれない。でも、みんな勝つために走って勝つために汗を流してる。サッカーが終ったあとはみんなでグラウンド整備。勝っても負けても何もない。ただその時間をみんなで共有して楽しんでいる。

 夏場は大体こんな感じの練習を週2回やっているだけです。大学生としてとっても幸せな時間だと思います。これが冬はサッカーではなくてアイスホッケーになるだけ。きっとスポーツ自体は何でもいいと思います。ただその雰囲気が好きでその場でみんなで楽しみたい人が集まって楽しむことが出来ればそれだけで幸せです。

神社の掟

 自分の実家の家の前には神社があります。よく子どもの時、家の前で野球の素振りをしているときに神社から幽霊が出てこないか恐怖におびえながら素振りをしていました。

 そこの神社には、お祈りをするときに注意しなければいけないことがあります。それは、、、

「~させてください。~ができますように。~になれますように。」と言うのではなく、「~することができました。ありがとうございました。」などのように過去形で感謝を伝えることです。境内の看板にもそう書いてあります。

 僕は子どもながらに不思議に思っていました。なんでこれから起きてほしいことをお願いしてるはずなのに、あたかも過去に起こったかのように言わなきゃいけないのか、そしてまだ起きてもいないのに感謝を伝えるのか。でも、単純な少年だった僕は「○○高校に合格することが出来ました。ありがとうございました。」などと感謝を伝えに神社に通っていました。

 今はなぜそういうお祈りの仕方なのかが分かるようになってきました。

 一つは、「はじめに言葉ありき」ということです。つまり言霊ということです。よく口に出したことは本当に起きると言います。自分が実現したいものを起きたかのように話、そして感謝もする。それによって自分をそうなるように動かしているのかもしれません。

 もう一つとして、その今の状態に感謝をすることが大切だということです。例えば、「家族仲良く健康でいられますように」と祈ることは、今はその状態にないということも表してしまっています。だから「家族仲良く健康にいつも過ごさせていただいています。ありがとうございます。」だと、今その状態があり、それに満足し感謝できているということになります。病気や怪我などはいくら努力しても起きてしまうものです。人間の力の範囲内に及ぶものではありません。他力本願ともいいますが、今できていること、あることに感謝し、受け入れることが運を引き寄せることにつながるのだと思います。

 神社に行ってお祈りしたことが叶っていることもあれば、叶っていないこともあります。例えば、僕は第一志望の大学には行けませんでした。それは叶っていませんよね。でも、それは僕のお祈りの仕方が間違っていたと思います。大学に行くことをゴールにしてしまっていました。きっと神様はそのゴールよりも大切なものがあるということを僕に教えてくれたんだと思います。神様は良い人ですね。